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2019年01月24日

朗読 伊吹有喜「ミッドナイト・バス」を聴いて

こんにちわ
オークション代行(ヤフオク代行)リボンハムスターです。

最近、youtubeで朗読を聞いていました。

本も読んでみたいのですが、いまいち活字慣れしていないのですが、朗読だと、声優さんの感情も入るので理解しやすい気がします。

今回紹介するのは、朗読 伊吹有喜「ミッドナイト・バス」 です。

最初の感想としては、なにか聞いた事のある声だなと思ったのですが、どうやら西田敏行さんのようです。

女優さんの方は誰なんでしょうか。ちょっとわかりませんでしたが、調べたら竹下景子さんだったようです。

https://www.nhk.or.jp/audio/html_me/me2017004.html

ラジオドラマで1人何役もしていて、声色の変化が面白いなと思いました。

内容は、新潟県が出てくるお話になっています。

そして家族ドラマ、ヒューマンドラマで、フィクションだと思いますが、ある家族の物語を疑似体験できたような感じになりました。

親の大変さとか、責任とか、子供の成長とか、時の流れ等を感じ、わくわくするような内容ではありませんが、長い道徳の本を読んでいたようなそんなお話だった気がします。

以前は誰もが子供だったとしても、子供ができると親になりと、時間の経過、人としての成長とともに登場人物1人1人にいろいろな心模様があると思いました。

通して2回聞きましたが、2回目だと登場人物の心模様もわかりやすかった気がします。

生活する事、生きる事、子供を育てる事、いろいろ大変だなぁと感じました。

こうやって聞くと、親の人生とは、子供の為の人生なのか、自分で選んだ人生なのか、親には親でしかわからない苦労や悩み、子供には子供にしかわからない苦労や悩みもあるにしても、この世に生まれて来た事はかけがえの無い事なんだと感じました。

テレビドラマにしても、こういう落ち着いた内容の物があまり無く、わりと過激だったり目新しさを追う傾向のものが多い中で、このような日常的な家族ドラマ、ヒューマンドラマの良さも感じました。

映画にもなっているみたいですが、味わいのある朗読も良かったです。

他にも朗読を見つけて、たまに聞いてみたいです。











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2019年01月08日

謹賀新年

こんにちわ
オークション代行(ヤフオク代行)リボンハムスターです。

2019年になりました。

新年おめでとうございます。

本日のブログの内容は、感情というものです。

文化や好みの違いはいろいろありますよね。

例えば、食文化だったり、好き嫌いであったり。

日本の人からしたら納豆は平気でも、外国の人からしたら、気持ち悪いとか、先入観とかあると思いますし、その逆もあるかもしれません。

それって、多少は、仕方ない事だとは思うのですけど、例えば人に受け入れられなかったからと言って落ち込む必要も無いのかもしれません。

例それぞれの食文化に違いはあるけど、それでいいのだと思います。

確かに、個人の感情ですし、素直な感想だとしても、当たり前にして食べてる人にしてみたら、それを、気持ち悪いといったらどういう気持ちでしょうか。

でも、そんな何気ない本音なんて、世の中結構あるので、近しいから気軽に言い合える事も沢山あると思いますが、

好き嫌いや好みなんてものは、人がどうこう言っても、本人の事なので、気にしないようにするしかないのではないでしょうか。

私も、心霊系な番組とか怖いし気持ち悪いので、気持ち悪いとか思ってますが、人によってはそういう番組が好きな人もいますし、

甘いものが好きだったり、甘いものが嫌いだったりも、人それぞれです。

その個人差というものや、好き嫌いや嗜好は誰にでもあるのですか、一人一人違って仕方ないですし、それが個性なのかもしれません。

例えば、ある人に理解されなくても、ある人に受け入れられなくても、そうじゃない人もいる。理解してくれる人もいる。

人の気持ちや、感情というものは、複雑ですが、生きている上で、たわいの無い言葉で傷つく事があったとするのなら、

それは、それで仕方ない事なのかもしれません。

ニワトリが空を飛べないように、有名人が、好きな芸能人、嫌いな芸能人のW受賞をするように、そうそう自分の理想通りになんて世の中はいかないものです。

たわいの無い一言で、誰かを傷つけ、たわいの無い一言で、心に傷がつく、そんな生き方をしてしまうのも、人間らしさなのかもしれません。

言葉というものがあり、会話という不可逆の繰り返しの中で、いろいろあるのが人間なのかもしれません。

悪気があって言ってるわけでもなく、たまたま心の深い部分にクリーンヒットしたりしなかったりする、そんな人間同士のコミュニケーションもありますが、根本的に、言葉遊びや、悪ふざけな会話の楽しみの中にも、言葉のマイナスの要素があるので、なるべく、やわらかい言葉を選んで話す事も大切かもしれません。

自分そして、相手、どっちが悪いかというと、自分が悪いのかもしれないし、誰も悪くないのかもしれません。

相手は自分の鏡とかって聞いた事もありますし、相手に丁寧に接して欲しければ、こちらから丁寧に相手に接するのが先なのかもしれません。

でもスレスレのところを攻めるから、冗談もあって笑えたりもするのですから、いろいろ難しいと思いますね。

学生の頃とか昔に比べ、馬鹿っぽい会話を大人になるにつれしなくなる人も増えるかもしれませんが、久しぶりに友達にあったりすると、つい馬鹿っぽい会話とかもありますよね。

人は何故、傷つくのか、怒るのか、それは図星だったり、気にしている事だったり、どうしようも無い事を指摘されたり、正論を突きつけられたりだったり、いろいろだと思いますが、ブログに書く事でガス抜きというか、アウトプットというか、心の整理に、記事にしました。

虫が苦手だったり、○○が苦手だったり、幽霊が苦手だったり、みんな、それぞれいろいろありますよ。

でも、人間の心は複雑だから、やっぱりそうやすやすと理解されない事を当たり前だと思えるような心の余裕を持てばよいのかもしれません。

ただやっぱり、好き嫌いは誰にもあるので、好き嫌いの話をしだすと、あまり良く無いですよね。

食べ物の好き嫌いくらいはかわいいものですが、

野球の話や、政治の話、宗教の話、好きなアイドルやタレントとか、それぞれ、皆違うのですから、

辛辣な批判的な意見は、冗談や軽口であってもあまり、気持ちの良いものではないですよね。

本当に良い、人間関係を目指すのなら、良い言葉を選んで、お互いに良い気分に包まれる関係が一番、心も暖かくなると思うのですが、

そういう前提でなく、どうでもいい人だから、悪口やブラックジョークで傷付けてもいいやと思ってしまっているのかなと、なんだか、複雑な気分もあります。

友達同士の、ブラックジョークや冗談も、動物の甘噛みや、子供の試し行動みたいなものかもしれませんが、親しき仲にも礼儀ありという言葉を忘れてしまったら、あまり良くは無いのかもしれません。

友達ってなんでしょうか。冗談や気軽に馬鹿な事言える関係も友達といえば友達ですし、言葉を選んで、お互いに尊重しあうのも友達です。

学校生活とかでも、普通に冗談や馬鹿にされたりとかが当たり前だったと思いますが、歳を重ねるにつれ、お互いに尊重できる関係も大切だなぁと思います。

何故なら人は、傷つきたく無いからなのでしょうか。無いものねだりだからでしょうか。

周りがまったく、冗談や馬鹿にする人が居ないで孤独感を味わっている人にとってみたら、気軽に冗談を言ってくる人が貴重で嬉しいと思うかもしれませんし、周りに理解してくれる人が少ない人からしたら、自分の事を尊重してくれる人が貴重でありがたく思えるのかもしれません。

一つ言える事は、時間は有限で、体も一つしか無いので、人に求めすぎても無理な事は沢山あると思います。

ブッダも言っていますが、なるようにしかならないから思い煩うなというように、思い煩って、人をどうこうしようとしても、無理な話なのかもしれません。

お互いへの尊重や配慮を忘れずに、時にジョークやユーモアを挟める、人になれたらいいなと思います。

でも人って、どこがどういう心の隙間だったりするか見通せないので難しいですね。

思ったとおりにいかないのが人生なのかもしれません。

あまり深く気にせず、楽天的に過ごしたいと思います。

今年は、平成最後の年で、新年号が4月に発表されるとの事です。

いったいどんな年号になるのでしょうか。

またたまに機会があったらブログで記事を書き綴りたいと思います。

2019年 本年も皆様どうぞ宜しくお願いいたします

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