リボンハムスターでは2015年より毛皮を利用した商品 (リアルファー(本物の毛皮)が使われている物、動物の剥製等)はお取扱いしていません。

2019年06月24日

感情の複雑さの話

こんにちわ
オークション代行(ヤフオク代行)リボンハムスターです。

世の中にはいろいろな人がいると思います。

例えばイスラム教でしたら豚肉を食べれないとか、受験前の受験生が居る家では勉強の邪魔をしないとか、通常人間関係であれば多種多様な
いろいろな配慮が必要なわけです。

私はイスラム教じゃないから、イスラム教の人の立場なんて知らない、日本に来たなら豚肉を食べる事を受け入れたらというのも違うと思いますし、少数派だからといろいろな事で、少数派意見だからと軽んじられる事も違うと思います。

例えば、同じ車内で車に乗る時、煙草の煙が気になる人もいれば、気にならない人もいるでしょう。

自分の家に、知らない人が、来るのが苦手という人だっているでしょう。

いろんな考えの人がいます。

誰が正しいとかでは無いと思います。

例えば、住んでいたアパートを退去したら、不動産屋さんに鍵を返すのはマナーですよね。

悪用なんかしないと言ったとしても、気持ちの問題もあると思います。

その人は、自分の場合、自分の新しい住居の合鍵を、おいそれと人に渡す事はできるのでしょうか。

逆の立場だったら自分が受け入れられる事か考えてみたらわかるんじゃないでしょうか。

自分ができない事を、人に求めていないかとか考えてみたらどうでしょうか。

仮に悪用しないとしても、住んでいない人が、合鍵を持つのは釈然としません。

それに、誰だって、パーソナルスペースというものがあります。

いくら、お金や物を貰えても、だからといって、パーソナルスペースを主張するなという交換条件にはならないのです。

誰だって、パーソナルスペースがあるのですから。

自分だったらとか、自分の家族だったらに置き換えて考えたら、パーソナルスペースを侵食する事で、嫌がる人だって普通な事です。

何でも受け入れろという、綺麗事だけでは一般人としては納得いかないのです。

受け入れろという言葉には、一方的な押し付けがあります。受け入れられない人の気持ちや意見をわかっていません。

誰だって、苦手な食べ物や、苦手な事あります。それを、そんな事じゃダメだと、不愉快だと思ったとしても、それは気にならない側の一方の言い分に過ぎないからです。

何が正しくて、何が間違っているとか、それぞれの立場で、考えや正義があるので、一概に言えないですが、世の中に多くの人間が居て、

一人一人、考え方も、いろいろ異なるのです。

それを、貴方は、社会経験が無いからとか、ひきこもりだからだとか、未婚だからとかで、意見を言える立場なのかとか、思ったとしても、

人間誰だって、それぞれの意見があり、それぞれの主張ができて当たりまえなのです。

(ちなみに私は10代〜20代の頃はアルバイトや派遣社員や短い勤務のものも含めると、おそらく20以上の職場を経験しています。思い出したら30くらい行くかもしれません。)

社会にも何にもまれていないわけじゃないと思います。酸いと甘いでしたら、どちらかと言ったら殆ど辛酸をなめることが多かったでしょう。

それでもお金を稼ぐ為とかで勤めてきました。嫌な事や我慢できない事だってそこそこありました。楽しい事や経験になる事もありました。

人生は嫌な事だけじゃないのかもしれません。たとえ一時的には辛くても、それは経験になるのですから。

相手の立場になって考えると言う事は、それぞれ、性別も年齢も違うので、相手の立場を推し量る事は、完璧にできる事では無いですが。

それに、私は生活保護ではありませんが、
例えば、生活保護を受けて、国から支援してもらっている人とかは、そうじゃない人に対して、何か意見を言ってはダメなのですか?

仮に、職務経験や社会経験が無い人が居たとしても、それを理由に、意見すら言えないのも違うと思います。

問答無用で受け入れろというのは違うからです。

立場と、感情、パーソナルスペース、権利とかは別問題なのです。

もし自分の親や兄弟が、家の中では落ち着きたいから、知らない友達を連れてこないで欲しいというのなら、その気持ちを真摯に受け止め汲んであげるのも思いやりではないでしょうか。

何でもウェルカムにしていたら、パーソナルスペースも、成り立ちません。

何でもウェルカムにしたいなら、まず相手に与える事も大切です。

自分は与えていないのに、与えなさいというのは説得力が無いからです。

どちらが先に与えても良いとしても、だからといって、譲れないもの、スペースとかいろいろ人はあって当たり前だからです。

例えば、受験生、例えば、新婚夫婦、それぞれに違ったパーソナルスペースはあるものです。

学校に行くなというユーチューバーの、ゆたぼん君の主張。

これが正しいか、間違っているか、それって思う人によって変わる事だからです。

私としては、別に間違ってもないし、正しくも無い、ケースバイケースだと思いますし、私としては、できれば学校教育も大切だとは思います。

物事の結果ってすぐにわかるものじゃないですし。何が良い人生で何が悪い人生でとかも、結果だけでは無いからです。

結局いつかは生き物は亡くなってしまいますが、亡くなる日が最悪だとしても、それまでの間長い間、自分にとって良い日々だったら、それは良いのではないでしょうか。

終わり良ければ全てよしという言葉には、終わり方に怯えとらわれ、良い終わりに執着しているだけじゃないでしょうか。

やがて迎える終わりの日だけが人生じゃないです。

全ての人とわけ隔てなく仲良くするのが正しいわけでもないと思います。かと言って、その逆も正しいわけでもないと思います。

何でも中庸が肝心と、聞いた事がありますが、結局何が正しいかとか、それは間違っているとかなんて、感情の理論武装に過ぎないのです。

つまりこのブログの内容も、理論武装なのかもしれません。それはお互いに立場もいろいろ違うのですから、それぞれに主張や、いろいろあるでしょう。それは当たり前な事です。

人間なんだから人間関係を円滑にしたりする為に、多少の礼儀とか、協調性とか必要なのは当たり前ではありますが、だからと言って、人間関係を重視しすぎて、パーソナルスペースとか、自分の生き方を蔑ろにしすぎるのも、難しい事だと思います。

我慢も大切だけど、本音も大切だと私は思います。

我慢は先延ばしに過ぎないのではないでしょうか。

我慢して解消する事がどれだけあるでしょうか。

https://www.lifehacker.jp/2015/05/150522_confrontation_learned.html

https://note.mu/newyorklife/n/n7e71cd6c8ae1

https://haken.adecco.co.jp/useful/workupstyle/work/12/


人間は不完全な存在です。完璧な人間なんていないでしょう。

だから、それぞれに性格があり、相手の性格や主張にも一理があるのです。

法治国家で法律違反しているのならともかく、それ以外では、お互い同士で、長い目で、わかりあっていくしかないのではないでしょうか。

世の中には、陰キャとか、陽キャとか、パリピとか、いろいろな性格の人がいますから、陰キャな人に、陽キャやパリピの当たり前を当てはめようとしても、陰キャの人は戸惑うでしょう。

私自身、パリピじゃないので、どちらかと言ったら、陰キャだと思います。

世の中に、子供部屋おじさんとか、子供部屋おばさんとか、いろいろなパワーワードがありますが、社会で問題だからという風潮で、世の中の人は左右されやすいですが。(煙草も、昔は映画とかアニメとかでも頻繁に演出されていましたが、最近では煙草=悪みたいな風潮で大衆誘導されている気配も感じます。)

子供部屋おじさんとかそういうのも、ある意味、大衆誘導ではあると思います。

子供部屋おじさんが、そこまで悪いかどうかなんて、そんな事を他人が言い切るのは、とてもおこがましい事だからです。

優劣とかそういう問題だけが全てじゃないからです。

人間にも値段があり、社会的な順位があるかもしれませんが、それは間違っていると思います。

たとえ、貧しくて、社会的に価値が無い人ですら、そんなのを世間が決める事じゃないからです。

社会に有用な人だけが、貴重な存在ではないからです。

最低限、神様が悲しむような事を、他人にしてしまうような事や犯罪とかは、人間社会の一員として、できるだけつつしまないといけないと思いますが、その人のある一部だけを見て、例えば、仕事や収入、立場とかを理由に、批判や差別するのは違うと思います。

人間どんなに貧しくて、例え、何も持たなくても、その人にはその人の、意思や自我、意見主張、理想の生き方とかがあるのは忘れていけないと思います。

本当に立派な人は、たとえ立場が上であっても、弱い立場の人を思いやれる人、自分の正義を押し付けない人なのではないでしょうか。

私も自分の正義や主張を相手に言う事はありますから、私は立派ではなく、ただのわがままなのかもしれません。

ですが、人間とは元からわがままな生き物です。誰だって自分の中ではわがままで生きて当たり前です。

1度でもわがままを言った事がなく、1度でも人に対して反論や怒ったりした事が無い人がいるでしょうか。

人間は自我の違い他人同士が、時にぶつかったり、仲直りしながらも、生きていっている社会なのだと思います。

仏陀は、この世に批判されない人はいないといいます。

だから他人の批判を気にしてはきりがないのです。

他人は、自分ではないからです。家族ですら自分ではありません。

勿論中には、アドバイスだったり、気づきだったりする事は沢山あるでしょう。

相手や他人の指摘が、自分を成長させたりする為に役に立つ事だってあるとは思います。

だからって相手の主張や指摘を全て受け入れていたら、それは自分の人生と言えるでしょうか。

昔は親が結婚相手を選んでいた時代もありましたが、今ではそういう事はかなり減ったと思います。

時代時代の当たり前というものは、変わっていくのは仕方ありません。

話が長くなりましたが、反省すべき点は反省し、失敗は受け止めて、次回の参考にするしかないと思います。

人間それぞれ感情がありますし、感情はいろいろですから。

罪を憎んで人を憎まずという言葉がありますが、人を憎む事は悲しい事です。

憎しみの感情はなるべくなくしてしまわないといけない事だと思います。喜怒哀楽はあっても、憎む事はあまり良く無いからです。

誰もが一時的な喜怒哀楽はあるでしょう。でも、いつまでも恨んだり、憎しみを持つのは、良く無いと思います。

内容がまばらになりましたが、思う事を書きました。












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2019年06月20日

最近あった地震と防災放送について思うこと

こんにちわ
オークション代行(ヤフオク代行)リボンハムスターです。

最近、22時22分頃に山形新潟方面で大きめの地震がありました。

その時間は寝てたのですが、緊急地震警報がして起きました。



それから数秒後、わりと長い揺れがやってきて、揺れがおさまるまで待機していました。

津波注意報が発令されましたようですが津波の高さは1mくらいで安心しました。

津波注意報が解除されたとの防災放送があったのが、夜中の1時頃でした。

3時間近くの間、30分間隔事に津波注意報の情報が防災放送から放送されていました。

別の場所ですが参考動画



今回は防災放送について気になる事を書きます。


防災放送の意味について

夜中の1時までの間、30分間隔事に、屋外の防災放送のスピーカーから、海に近づかないで下さいと放送がありましたが、わずか1m程度の津波、しかも時間帯は夜中、多くの人が明日の仕事に備えて寝ようとしている時間帯に放送する大きな意味があるのでしょうか?

昼間や、津波の規模が大きな場合は防災放送の意義もわかりますが、30分間隔くらいで繰り返す放送によって、目が覚めてしまい、まったく眠れませんでした。同じ様に、睡眠妨害になってしまう人が多かったのではないでしょうか。

津波から守る事も大切だと思いますが、睡眠を邪魔する事で、交通事故とかの心配について配慮してないのでしょうか。

今回、幸い、約2時間半後の夜中の1時で防災放送が終了しましたが、防災放送は1時間程度にして欲しいですし、津波注意報が解除されたとの連絡も、防災放送でなく個別にテレビやネットとかで知れば良いのではないでしょうか。

津波注意報が解除されたという防災放送で起こされますし。

防災放送の情報が、必要とする人以外にも、時間帯に関わらず、大音量で鳴るのは、防災放送のスピーカーの近くに住む人にしては大問題です。

トイレの中に居た時は、防災放送が何を言っているのか聞き取れない状態でした。お年寄りの方とかで聴力が落ちた人だったら、防災放送だけではわからないと思います。

ちなみに実家の家は、防災放送のスピーカーまで30メートルくらいの距離にありますが、スピーカーまでもっと近い家もあります。

私もスピーカーから15メートルくらいの距離(屋外)で、お昼のチャイムを聞いた時は、普段気にならなかった音量(距離30メートル、屋内)が、とてもけたたましく聞こえました。

音のストレスや寝不足などで三半規管に不調が出たりする事も過去にありました。(三半規管が悪くなると、フラフラします。)

つまり防災放送の音がうるさいと困っている人は、防災放送のスピーカーから距離が近い家庭という事になります。

少し離れた家ですと、屋外の防災放送を屋内で聞くだけでは良く聞き取れないでしょうから、窓を開けて聞く必要があると思いますし、

距離が近い家庭は、屋内で窓を閉めていても、耳栓でもしなければ、津波注意報の30分起きくらいの警報に夜中も望むと望まざると、耳に入るわけです。

行政や国としては、警報しましたよ的なアピールにもなり、後々、警報が無かったと、その否を責められる心配は無いと思いますが、あまりに大音量で放送塔の近くの家は、困ります。

強い地震があったら、津波があるかもしれないから海に近づかないというのは、むしろ放送するような事でも無いと思いますし、1m程度の津波で夜中に2時間30も、30分起きで警報をする内容でしょうか。

家庭用の防災無線装置は、電源を切ったり、音量を落としたりできますが、屋外の防災放送塔のスピーカーの音はどうしたらいいのでしょうか。

津波警報が解除されるまで、我慢したり、耳栓したりすればいいのでしょうか。

次もし夜中に防災放送が続くなら、耳栓をしたいと思います。寝ようとしてたのに、防災放送で起こされて、また寝ようとすると防災放送で起こされて、結局寝れませんでした。

スマホの通知とかはマナーモードとかにできますが、防災放送はマナーモードが無いので、近くの家はかなりうるさくなります。

防音性の低い家や、就寝時だとなお更です。

みなさんの家は防災放送塔からどの程度の距離でしょうか。

1mの津波に注意するのも大切ですが、市民や国民を寝不足にさせない配慮ももっと大切ではないでしょうか。

交通事故で亡くなっている人は年間4000人もいます。寝不足は交通事故につながりやすいので、防災放送がうるさい時は、耳栓をするしかないかもしれません。

地震後にわざわざ海に近づく人なんているでしょうか?

30分起きに、津波注意報で海に近づかないようにして下さいと、放送されましたが、その放送を聞いて、助かった人もいるかもしれませんが、その影で寝不足とかで交通事故のリスクが上がるかもしれない点について、耳栓とかで自己防衛するしかないのかもしれませんね。

聴力が落ちた人や距離がある家庭だと、放送塔から屋外放送があっても聞き取れないでしょう。

寝不足の弊害(事故、病気、自殺等)が無いように自己防衛しないといけません。(耳栓とか)

ただ、夜中に同じ放送を繰り返したりするのは、しつこいと思います。1度でいいじゃんと思います。(何回も放送する意味もわかりますが)

今回はこんなにも度々放送があると思わなかったので、耳栓をつけようかどうしようか思っているうちに、2時間30分後、津波注意報が解除され静かな夜になりましたが、結局寝れませんでした。

放送回数や放送する場合の緊急レベル、時間帯について、改善してほしいと思います。

夜釣りしたり、海に近づく必要がある人は、ネットとかで個別で災害情報を取得して自衛するようにしたらいいと思います。

それに大きな地震があったら海に近づかない方が良いと思います。

海や川に近づく人の人命を守る事も大切だと思いますが、高柳町とか、海岸沿いじゃない地域まで一律で同じ放送を聞かされてるのかと思うと、一体何人の人が助かって、一体何人の人が睡眠妨害されて、その睡眠妨害による弊害がどれくらい起きるのだろうとそっちの方が心配になりました。

人間多少寝なくても大丈夫かもしれませんが、寝不足というもののリスクについても、考えて欲しいと思います。

地震で起こされて、防災放送で起こされて、それでも寝れた人は良いですが、中には、寝れないまま出勤して、危険な高所作業や、長時間の運転とかに携わらないといけない人もいる事を行政や国は配慮した方が良いのではないかと思います。

もし寝不足で事故とか起こしても、防災放送に責任は無く、事故を起こした人が悪いという事になるのでしょう。

事故によって、家庭が崩壊したり、免許停止や、交通刑務所に入る事になってしまっても良いのでしょうか?

それらのリスクより、1mの津波の方が大きいのでしょうか?

スマホと違い、個別にON・OFFできないものですから、放送塔の防災無線での寝不足にならない為にも、耳栓は備えないといけないかもしれません。

むしろ近隣住宅には配布して欲しいくらいです。(100円均一でも買えますが。)

騒音問題って実際に過去に騒音が元にいろいろな事件が多数起きているほど、人間にとって深刻な問題なのです。

地震が起きたのだから仕方ないという気持ちも勿論ありますが、かと言って、1mの津波でも、津波注意報が解除されるまで、夜中の0時を回っても大々的に放送をし続ける、しかもON/OFF設定しようが無い、一体どれだけの人がうるさいと感じたでしょうか。

放送も取り決めに沿ってしているのですから仕方ないのはわかりますが、今後の改善の余地はあると思います。

改善されないのなら、耳栓をして寝るだけですが、目覚まし時計の音がわからないからと、耳栓できない人もいると思います。

そういう場合は、音でなく、振動型の目覚まし時計を買うしかないかもしれませんね。





普通の防災無線の届く距離は約300メートルですが、こんなに長距離に届く製品もあるようです。


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2019年06月05日

熱中症?泥酔?脳梗塞? 119番に判断を仰ぎました。

こんにちわ
オークション代行(ヤフオク代行)リボンハムスターです。

最近また暑くなってきました

昨日、ふと実家の窓から外を眺めた時に、30メートル先の方の道で、硬貨でも落として探しているのか、両膝を付いて、みたいな状態の人が見えました。

最初は、側溝に鍵か硬貨とか落としてしまったのかなぁと思ってたのですが、次第に、フラフラと、道路に座り出して、横になったので、熱中症だと思って、びっくりして近くだったので駆けつけてみました。

「大丈夫ですか?」「熱中症ですか?」と聞いてみると、

その男性のお年寄りの方は、「熱中症かもしれないなぁ」と言って反応がありました。

その後、すぐ麦茶と、タオルと、氷の入った洗面器とかを持って行ったのですが、麦茶も要らないそうで、冷たいタオルも、要らないそうで、熱中症でも無いのかなと思っていたところ、熱中症だけでなく、この熱さで熱中症気味になって、脳梗塞とかも心配なので、道路で寝ようとされていたので、危ないですよーとか言ってたら、どんどん近所の方も何事かと寄ってこられて、大丈夫だと言うけど、フラフラしたりしてるお年寄りの方を、このまま放っておいたり、1人でフラフラしながら帰るうちに交通事故とかも心配なのと、服の腕に血も付いていたので(転んだ?)
とにかく心配だったので、念の為救急のプロの救急車を呼びました。
酔っ払ってるのか千鳥足で、「触るな」と言ってるけど、フラフラフラフラして、ほおっておくと、すぐ傾いて、足に踏ん張りが無くて、転んじゃうから、頭を打つと危ないので、とにかく、ご近所の方と一緒に支えたりして、転ばないようにしたりしてるうちに救急車が10分くらいで来てくれて、救急隊の方が、後は対処してくれて助かりました。

酔っ払ってるとしても、見るからに、フラフラ状態で、熱中症の可能性もありそうでしたし、アルコールは分解する際に水分を消費するので、アルコールを摂取していると、熱中症とかのリスクも上がります。

救急車を呼ぶのは大袈裟かもしれませんが、救急車を呼ぶかしか、思いつかなかったので、万が一、熱中症による、脳梗塞的なもので、酔っ払ってるような状態だと、早めに救急車を呼んだ方が良いと思ったので119番に電話しました。


→脳梗塞が起こったら


後々、多分、酔っ払ってるのかなとも思いましたが、酔っ払ってる状態で、放っておいても、道路で寝ちゃったり、熱さで熱中症になったり、転んだり、交通事故とか、財布を落としたりとかの、可能性が高かったので、人生で始めて119番しました。

酔っ払ってるのか、落ち着いてくれないし、危ないので座ってくださいとかいろいろ提案したのですが、酔っ払ってフラフラしながら、大丈夫、放して、触るなと、言ってはいるものの、抑えてないと、確実に転んで頭を打って、頭から出血するか、そのまま意識不明になりそうな感じだったので、とにかく座ってくれないなら、転ばないように支えなければならないと、近所の方で協力して支えて、救急車が来てくれて、ほっとしました。

酔っ払ってると、こんなにも、自分がフラフラしていて、大丈夫じゃない状況がわからないんだなぁと、気をつけないとと思いました。

私も過去にお酒を飲みすぎて、道路で寝てしまったり、体調が悪くなってしまったりと失敗もあるのですが、お酒も良い面はあると思いますが、基本的に酔っ払うと、ちょっとシラフと違って注意力とかもなくなりますし、気をつけないとダメですね。
飲酒運転がダメなのも、そういう面があるからだと思います。

近所の方に聞くと、良く酔っ払って帰っているのを見た事があるとの事ですから、酔っ払ってたのかなと後で思いました。

治安の悪い国だと、倒れている人を放っておいたり、賠償金を少なくする為、車ではねたらバックしてから、もう一度ひくとか、赤信号で止まるとギャングが出てくるから止まらないとか、いろいろと危ない国もありますが、

日本はそういう国にならないといいなぁと思います。



最初は私1人で介抱してましたが、近くのご近所の方も何事かと寄ってきてくれて良かったです。

私ももし、同じようなパターンで何か気になった時は、必要であれば何事かとできたら思います。

やっぱり1人で介抱するより、数名で介抱や対応できれば、分担できますし。

普段はほとんど接点とか無い人達でも、いざと言う時には、助け合ったり、コミュニケーションを取ったりと、人は有事の際に、協力しあえるものである、点と点が線になったような、ほんわか心が温かくなった1日でした。

偶然近所の方もプログラミングをした事があると聞いて、そうなんだとびっくりしました。

私も趣味というか、いろいろ兼ねて、しばらくjavascriptを勉強してはいるのですが、記憶力が悪くなったのか、あまり覚えられないし、すぐ忘れるしで、なかなか身に付きません。

もうちょっと全体的に記憶力があればいいのですが、長い間、東と西がどっちが東で、どっちが西かわからなかったので、記憶力が弱い部分もあるのかもしれません。

ある時から、関西の方が西 関東の方が東と覚えてから、どっちが東でどっちが西か覚えられるようになりました。

長い間、なんで東と西くらい1回で覚えられないのか疑問でしたが、記憶には

コツがいるかもしれないので、勉強する際は、記憶術の勉強もした方がいいかもしれません。

ちなみに原付の免許を取るのには7回くらい落ちてしまって、だいぶ試験会場に通いました。

かと言って、電気工事士の試験は猛勉強で、学科と実技を1回で合格できましたが、今ではすっかり勉強した事を忘れてしまっています><;

実技はかすかになんとなく覚えていますが。

短期的な記憶と、長期的な記憶とかもあるそうですし、記憶は不思議です。

得意な記憶や、そうじゃない分野の記憶とかもありますし。

趣味の事になるといろいろ事細かく覚えられても、勉強は全然覚えられなかったりとか良くあるので、記憶って不思議ですね。

最近また暑くなっているので、熱中症とかにも気をつけたいと思います。

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