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2019年07月09日

SNSのブロックについて

こんにちわ
オークション代行(ヤフオク代行)リボンハムスターです。

SNSでブロックされた事ある人はいますか?

SNSでブロックされた事あるのですが、そんな人と仲良くできませんよね。

確かに、こっちが一方的に沢山メッセージを送ったり、夜間だったりとかあるとは思いますが、ブロックする事しかないのでしょうか。

一方的に音信不通状態にされて、それでリアルでも仲良くできるなんて思わない方がいいです。

返信が無ければ、不安になったりで一方的に送る事だってあるでしょう。

相手からの一言がカチンときて、言い返したりしてもめてしまう事だってあるでしょう。

で、結局、ブロック。安易にブロック、まるで虫を殺すのになんの抵抗も無いかのように、非情なブロックをするような人間とは仲良くなれません。

SNSとはいえ、その向こうには人間が居るのです。

変なメッセージだと思っても、何らかの配慮して返すのが大人なんじゃないですか?

それを、言葉では、家族だとか仲良くだとか言っておいても、ブロックするってどういう事なんでしょうか。

SNSで相手のパーソナルスペースに踏み込んでしまう事もあるかもしれません。

しかし、なんでも安易にブロックするSNSの要素は、社会毒ではないでしょうか。

それは人間であれば、いろいろ事情はあるでしょう。気が乗らない日もあれば、疲れている日もあるとは思います。

セールスの電話で、はっきりと断る人も居れば、電話に出ない人もいます。SNSのコミュニケーションもそういう面はありますが、せめて1度、SNSで交流したのなら、ブロックする行為というのは、まるでペットを1度飼っておきながら、飼いきれないからと捨てたり、保健所に連れて行くのと、同義ではないでしょうか。

ちょっと、噛んだだけで、犬を捨てますか? ちょっと鳴き声がうるさいだけで、犬を保健所に連れて行きますか?

それと同じで、人間関係を安易に、終わりにするようなブロックを行えますか?

ブロックされた事はありますか? その人にもその人の選択の自由はあります、その人にもその人の事情はあります、それはわかります。

でも、安易にペットを捨てるような、人間関係を切る、ブロックという選択、その安易な指先だけの行為で、一体どれだけの人が、傷ついたり、した事でしょう。

親が離婚したら、子供だって心に大きな傷ができたりするように、人間関係だって、ブロックという行為が、どんなに自分勝手なものか考えてみたらどうでしょうか。

人間関係の取捨択一や、距離感とか、選択とか、誰が悪いとかは無いですが、仲悪くしない為に、とらなければならない事の一つが、ブロックをしないではないのでしょうか。

ブロックされる側にも原因があるのでしょう。必要ない、興味ない、マウントを取ってくるとか、いろいろな人間の複雑な心境があるはずです、ブロックしてきた人は、この際そういった縁だったのでしょう。

私もSNSでブロックをした事はありますが、顔も知らない、愉快犯のような人だったからブロックしました。

ですが、顔を知ってたり、同じご飯を食べたりした人から、ブロックされるというのは、どうなんでしょう。

雨だって小雨なら傘をささなくても多少は濡れてもいいかなと耐えられていても、大雨なら、傘を差したり、雨宿りできる場所に隠れたりしますよね。

それが一種のブロック現象にも似ている気がします。

大雨でも気にしないよ、どんどん雨よ降れ、私が受け止めてあげるなんて人は、滅多にいないでしょう。

そのような感じで、許容以上にSNSで、パーソナルスペースに関与されるのが嫌という気持ちから、退避によるブロックが起きてしまうのかもしれません。

自分でも、それは考えられます。

でも、SNSって、メッセージを伝えるツールな以上、相手が望む事ばかりをメッセージするわけじゃないので難しいですよね。

SNSなんて昔は無かった、安易にSNSを利用し、安易な友達になって、安易な理由で切り捨てていく社会の冷たさ、人間の限界、社会の閉塞感、無情感、SNSはそれを気付かせてくれました。

SNSをしていなければ、わからない事もあったでしょう。友達は友達のままで居れたかもしれませんし、友達にブロックをさせてしまった自分のマナー不足もあったでしょう。

心の狭さや広さもあるでしょうが、ブロックする人は心が狭いか、いろいろと余裕が無いような気がします。

それか、それ以上もめたく無いとか、マイナスの状態をこれ以上悪化しない為の、損切りみたいな感じでのブロックもあるかもしれません。

しかし、コミュニケーションはキャッチボールなのに、一方的に、相手を馬鹿にしたり罵倒したり、コケ下ろしたり、相手を無視しつづけたりする人と、どう仲良くなれば良いのでしょうか。

去る者は追わずで、そういった人は追わないにした方がいいって事かもしれませんね。

みんな事情があるからでしょう。

世界で2人だけしかいなかったら、大切な話し相手存在なのに、その人にはもっと大切な人がいるって事なのでしょう。

世界の人口は多いですが、大切な人を大切にするあまり、体は一つしかないので、どうしてもいっぱいいっぱいになってしまう事だって普通にあるはずです。

ですが、ブロックするだけでは、あまりにも突然、あまりにも不意打ち、せめて一言、なんらかの理由くらい述べてからブロックするのが優しさじゃないでしょうか。

スマホ社会、SNS社会の、社会毒だと感じます。

他人ならまだともかく、友達だった人や、家族に近いだと思ってた人からブロックされた事は、いつかその人達に、私と、同じ気持ちを味わって欲しいと思います。

ブロックというものが、心にどれだけ大きな衝撃を与えるか、わからないのでしょうか。

面接で落とされたような、試用期間中でクビになったような、戦力外通告されたような、リストラされたような、仲間はずれにされたような、そんな思いをかかえて、どんな顔をしたら良いのでしょうか。

人間は行いで相手を信じるものです。どんなに尊い事を言っても、尊い行いがなければ、信じられません。

どんなに綺麗事を言っても、どんなに大切だと言っても、行いが伴っていないのなら、それはまったくの詭弁でデタラメでしょう。

所詮、世の中に聖人君主みたいな人は殆どいないでしょう。みんながみんなそれぞれの事で一生懸命ですから、仕方ありません。

排除され傷付けられた思いを胸にかかえながら、相手がいつの日か、反省する日が来る事を願いたいと思います。

自分が相手にした事は、気付かない事が多いです。それは、別々の人間だから仕方ありません。

知らず知らずに失礼な事だったり、面白くない事だったりを相手にしてしまったりなんて普通にあるでしょう。

そして相手がその事を根に持ってたりもあるでしょう。人間の心は複雑なので。

どっちが悪いか悪くないかではないと考えると、ブロックする側も自由なのだから、別に悪くは無いのです。

ただ、何かを断るのと、ブロックするのでは大きな差があります。何かを断るのは、選択の一つを断っただけですが、ブロックするのは、相手の存在を断っているからです。

世の中で、SNSでブロックが当たり前のように行われていますが、ブロックというものの受け取り方について、カウンセリングが必要かもしれませんね。

ブロックをする側も、心に申し訳なさもあるかもしれません。何らかの事情もある事でしょう。

それが無くて、まったく平気だというのなら、どこか麻痺しているのかもしれませんね。

ここではネット上のブロックについてのリンクを紹介したいと思います。

私自身ももう少しブロックについて考えてみたいと思います。

神様は乗り越えられない試練を与えないと聞きますから、なんとかいつか乗り越えていけるようにと思います。

しかしながら、人間関係が上手下手とかあるでしょうけど、ブロックというシステムは、とても悲しいシステムだと感じます。

https://girlschannel.net/topics/keyword/%E3%83%96%E3%83%AD%E3%83%83%E3%82%AF/

























posted by ハムたん | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする